英語といっしょに暮らす

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結局、人生はABテストの繰り返し。

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「意識高くいることが疲れましたのでSNSを辞めてました」

そんなツイートやブログを書いておいて

ものすごく意識高いタイトルをつけてしまいました。

 

こんにちは金田謙太(@kenta_global)です。

 

最近すごく感じることがあって

人生ってABテストの繰り返しだな、ということです。

結局、自分が感じていることは自分しか知らない

 

自分が何にストレスを感じて

どんな時に気持ちが良くなって

どうしたら元気になるのか

この「心の問題」は全て自分にしか知り終えないことだなと改めて感じます。

誰も教えてくれないし、誰も知らない



自分が感じていることは自分しか知らないので

 

100%他人が自分の気持ちを理解してくれて伝えてくれる、というのはなかなか難しいと思う。

 

他人から答えを求めてしまうのは凄く危ない。

 

究極を言えば家族も友人も家族も偉大な起業家も「あなた」ではない。

 

他の人が感じている「ストレス」はあなたにとっての「幸せ」かもしれない。

 

他人に答えを求めちゃ駄目だ。

だからABテストをして突き詰めていくしかない

 

自分が感じていることは、普段の生活の中から感じ取って言葉にしていくしかない。

 

なんとなく、なあなあに生きて

 

なんとなく今日は幸せだな〜

 

なんか今日は疲れてるんだよな〜

 

っていう生き方もできるけど、

 

割と感情には正しいロジックがあったりする。

 

「AがBだから今Cという状態になっているんだ」

 

という論理性があるというか。

ABテストとは相対的に思考できること

 

ABテストって何かって言うと

相対的に物事考えられるようにすること。

 

実は僕らが赤ちゃんの頃からやっていることだ。

 

「おもちゃをそのままにしておくとお母さんに怒られた。でも今日はおもちゃを片付け

たらお母さんに褒められて、頭を撫でてくれた。」

 

これも立派なABテストだと思う。

 

そもそも人間は相対化ができないと物事の判断ができない。

大人こそABテストを意識してやってみる

 

大人になると、子供の頃から積み重ねてきたABテストのデータでいっぱいになっていることが多い。

そしていろんな感情をくぐり抜けてきて今を生きている。

そうするとどうなるかと言うと、

なんとなく”自分の人生を知っている”気持ちになる。

けれど僕は大人になってからこそ意識的にABテストに取り組んでもいいんじゃないかなと思う。

忙しい毎日につい置いてけぼりにされる心を、もう少し摘み取ってあげる。

新しい発見だってあるし

ワクワクすることもある。

ABテストとは自分の人生に責任を持つこと

 

「○○なときに○○な気持ちになる」

 

「○○なときは○○な状態になる」

 

というのは自分の人生に責任を持っている状態だ。

一回きりの人生、自分の感情に”なんとなく”を持ってしまっては勿体無い。

 

日本語の”なんか”は便利な言葉だと思う。

 

具体的な理由を出さずに、その場の状況を収めることができるから。

 

「なんか大変。」「なんか辛い。」「なんか幸せ。」

それよりも「○○だから、こう!」の方が

気持ちに整理がつくはず。