英語といっしょに暮らす

留学と英語の話、そして日々思って感じたことをマイペースに発信していくブログ

プロフィール 金田謙太と申します。

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金田謙太 

海外マーケター / フォトグラファー

北海道 札幌市→シアトル→フロリダ→東京(現在)

 

はじめまして!このブログを書いている金田謙太と申します。

数あるブログの中から見つけてくださり、本当にありがとうございます!

 

北海道札幌市出身で、大学からアメリカに渡りました。

大学でマーケティングの学位を取得した後に帰国し、今は東京で働いています。

 

 

”Do what you are passinate about.”

をモットーに、常にワクワクすることだけを考えて生きています。

 

少しだけ僕自身のことについてまとめてみましたので、読んで下さると幸いです:)

 

 

なぜブログを書くのか。何をブログに書いているのか。

まず「なぜブログを書き始めたのか」というお話。

理由は凄くシンプルで自分が考えたことを形にして発信したい、と思ったからです。

 

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アメリカから東京に戻ってきてから、様々な思考をする機会が増えました。

 

その度ツイッターで発信したり、日記に書き起こしたりしましたが、

「もしかしたら自分の考えに近しい人が周りにいるかもしれない。」

そう思い、ブログに書き起こし発信しようと思ったことがきっかけです。

 

なのでもし記事を読んで共感して頂けたり、こうなんじゃない?と思った際には気軽にメッセージを下さると喜びます!

 

この記事の最後に僕のSNSアカウントを載せておきます!

 

学生生活のお話

少しお話を自分自身のことに戻します。

僕、金田謙太がどんな学生時代を過ごしてきたかを少しまとめてみました。

 

幼少期(幼稚園・小学校)

北海道の札幌市で生まれ育ちました。

小さい頃はやんちゃな性格で、よく先生に起こられる子ども。

 

小学校の頃はずっと学級委員に立候補していたり、

興味あることには何にでも手を出してしまう小学生。

 

自立した、と言えば聞こえが凄く良いかもしれませんが、

実際は興味あることはとりあえずやる!が軸にある小学生だったかと思います。

 

僕には2人の出来の良い兄がいて、兄がやっている習い事をやっていました。

・バスケ
・水泳
・書道

ただひとつだけ、兄がやっていない習い事を「やってみたい!」と言ったことがあります。

それが英会話でした。

この頃から漠然と「言語」というものに興味があったのかもしれないです。

 

振り返ってみると、バスケの練習はほぼ毎日ありましたし、そんな中で書道や水泳、英会話も習っていたので割りとアクティブな学生だったかもしれません。

 

中学校時代 −人生を変えるきっかけになったサマーキャンプ−

中学校に入り、少しずつ落ち着きが出ました。笑

小学校から引き続き、バスケ部に入り放課後は部活に没頭。

それから生徒会に入ったりもして、自分で生徒会選挙に出たのも今では良い思い出です。

 

また、ここから人生で初めての塾に通い始めます。

それからというもの、勉強が楽しくなり

授業の間の休み時間や昼休みも勉強する日々がありました。

給食時間にも勉強をしていたときは先生に怒られました。

 

中学2年生には、その後の人生を大きく変える経験をします。

 

夏休みに友だちの誘いで、

アメリカ人とのサマーキャンプに参加します。

海外の方と直接話す機会を持ったのも、このときが初めてです。

 

その当時はもちろん英語は離せません。

なので授業で習った、つたない英語で

「Hello, how are you?」

と勇気を持って、話しかけた瞬間を今でも覚えています。

 

それが相手に通じたことに心の底から感動

このときから僕は英語が大好きになりました。

 

海外の方と繋がった瞬間に、今まで日本で感じたことのなかった感情が生まれました。

 

ー世界中の人と繋がれるー

 

夏休みが終わると、サマーキャンプに参加した友だちと一緒に英語の先生のところへ一直線。

「朝はやく来るから、特別に授業をやって下さい!」

とお願いしました。

 

それからと言うもの、毎朝8時からホームルームが始まる8時半までの30分の間

僕と友だちと2人だけのプレイベート英語レッスンが始まりました。

 

今思うと先生も凄く忙しいのによく付き合ってくれたなあ。。。

 

受験シーズンに差し掛かり、

親にアメリカの高校に進学したいとお願いをします。

しかし反対され、しぶしぶ日本の高校に入学することを決めました。笑

 

高校時代 −アメリカに行くか、フランスに行くか−

高校では引き続きバスケ部に入り、最高の仲間もできました。

ホームルームや英語の授業も、全て英語に行う特別な学科に入学していたので、日本にいながらも、英語も少しずつ勉強していきました。

 

同時に高校卒業後の進路を考え始めます。

アメリカに行きたいという気持ちが少しだけ薄れ、

昔から大好きだったケーキを作りたいとフランスへ行くことを少し考え始めました。(今思えば面白い進路を考えてた。ケーキが本当に好きなんです。)

 

「フランスで勉強してパティシエになるのもいいな〜」

と思い始めたんです。

 

しかし

”英語をもっと学びたい”という気持ちは消えず、

「英語 vs. ケーキ」

を考える日々が、数ヶ月続きました。

 

ただ最後は「まぁ、ケーキは趣味でもできそうだな」という結論になり、

英語を勉強することに決定。

 

アメリカ行きは一旦保留して、日本の外語大学に入学することを決めます。

 

大学時代 1/2 −外語大学に入学と感じる違和感−

はじめての1人暮らし。

はじめてのサークル。

新しい友だち。

外語大学に行っていた時代は

凄く楽しんでいました。

 

ただ、入学してから半年ほど経った頃、

”日本の大学に払っている授業料に対して自分が得ているもの”

に関して考え始めました。

 

「今、自分は学費以上の学びをここで得られているだろうか?」

 

1年目を終える頃には、

「もう日本の大学で学ぶことはないな」

「日本の大学に学費をこれ以上払いたくない」

と思い、本格的にアメリカに行くことを決意。

 

「日本を出よう。」

 

大学時代 −初めての渡米 アメリカ生活スタート−

19歳、ワシントン州のシアトルに引っ越しました。

毎日新しいこと続きで、刺激的な毎日を送ります。

ホストファミリーにも恵まれ、毎日新しい英語を学んでいることに心躍らせる日々。

 

「やっぱりアメリカ最高だな!」

と思う毎日でした。

 

英語を学ぶだけではなく、

今までの人生で自分が会ってこなかった国籍の友人ができることにも毎日ワクワクしていました。

 

今思うと、僕は細胞レベルで異文化や違いを感じることが好きなのだと思う。

多様性は何にも変えられない価値。

違うことが価値。

 

小さいころから人と同じことをするのは凄く違和感がありました。

みんな違う人間なんだから、違いことをしようよ。

そう考えていたんです。

 

振り返ってみると

同調圧力が強い日本文化や、教育が自分に合わないのはこういった理由に行き着くのかなと感じます。

 

シアトルでは1年程生活しました。

 

「もっともっとアメリカで学びたい」

「更に多様性が高い場所で生活したい」

と僕の意欲は高まり、

 

シアトルからフロリダ州にあるオーランドにある大学へ再び編入します


※オーランドへ行った理由はこちらから↓

 

大学時代 2/2 −僕の第2のホーム フロリダ−

結果的に、僕はフロリダが大好きになりました

 

フロリダは人や文化の多様性にとても溢れていて、

シアトルに居た頃とは全く違う経験をすることに。

 

ここがアメリカの面白さ。

 

フロリダはラテン系(中南米の方)の移民がとても多かったり、アフリカ系の移民も溢れているので、

アジア系の移民が多い西海岸とは出会うコミュニティが180度変化します。

 

「Sunshine State」と言われるぐらい天気はいつも晴れていて、住んでいる人はみんな毎日ハッピーで、勉強するには最高の環境。

 

「もう一生ここに居て良いな」とさえ思い始めました。 

 

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引っ越してから半年ほど経ってからは、 フロリダ内で1番の大学「フロリダ大学」に留学するために誰よりも毎日勉強していました。

 

あの頃は毎日7時間〜10時間ぐらいは勉強していたと思います。

人と同じことをしていても、同じレベルになって終わる。

愚直に毎日勉強に向き合おうと姿勢が変わったのもこの時期かもしれません。

 

僕が入ろうとしていたフロリダ大学のマーケティング学科は

数百人が編入希望を出して、数人しか入れない狭き門

もちろん現地のアメリカ人学生も留学生も一緒にアプライし、狭き門をくぐるために戦います。

 

だからこそ勉強をしつつも、学内で仕事をしたり、様々なアクティビティに参加してみたり

「人と違う経験」

にフォーカスしました。

 

無事、僕はフロリダ大学に入学することができました。

 

※僕の母校、フロリダ大学の様子↓ 

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この大学で2年間、マーケティングについて基礎から学び、

そして数多くのケーススタディを取り入れてグループワークや研究を行いました。

 

アメリカに残るか、日本へ帰国するかで再び揺れる 

卒業が近づき、

・アメリカに残るか

・日本へ帰国するか

で悩む日々が続きます。

 

ここは少し割愛しますが、考えた末に、日本へ帰国することを決め、
(※後日、なぜ日本へ帰ることにしたか記事を書きます。)

5年間のアメリカ生活が幕を閉じます。

 

 

帰国してから今まで

日本に帰国してからはいわゆるメガベンチャーと呼ばれるIT企業に就職し、主にマーケティングや海外展開の仕事をしていました。

 

しかし帰国して最初の半年ほどは”リバースカルチャーショック”に悩まされ、

「なんで日本に帰って来たんだろう。」と頭を抱えました。。

 

日本の会社ではちょうど1年半ほど働きました。

 

学ぶことも多々ある中、疑問に思うことのほうが正直多かったです。

 

そして2018年の1月。

正式に退職をして、独立しました。

 

ここから僕が何をやっているのか、どんなことを考えているかについてはブログに書いていきます。 

 

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